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東京地方裁判所 平成8年(ワ)21627号 判決

原告

今村眞人

被告

千代田生命保険相互会社

右代表者代表取締役

米山令士

右訴訟代理人弁護士

熊谷信太郎

右訴訟復代理人弁護士

布村浩之

主文

一  原告が被告の営業個人職員としての地位を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告の正規従業員である地位を有することを確認する。

2  主文第二項と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件労働契約の締結

原告は、平成四年六月、被告に正規保険営業外務員として雇用され(以下「本件労働契約」という。)、平成七年一〇月以降営業主任の資格を有し、平成八年三月三一日まで就労していた。

2  解雇の意思表示

被告は、原告に対し、平成八年三月二一日、原告の営業成績不振による資格維持基準未達成を理由に、口頭で解雇を通告した。

3  しかし、右解雇は無効であるから、原告は、被告の正規従業員(営業主任)である地位を有することの確認を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。ただし、被告における正式名称は営業個人職員である。原告は、養成職員補(見習外務従業員)として採用された(〈証拠略〉)。

2  同2の事実は否認する。被告は、原告に対し、平成八年三月二二日、営業個人職員就業規則四四条に基づき、同年四月一日をもって嘱託外務従業員に資格変更し、同年四月末日に解嘱とする旨通知した。この点に関する被告の主張は抗弁記載のとおりである。

3  同3は争う。

三  抗弁

1  営業個人職員の資格取得、維持、解職についての就業規則の定め

被告は、営業個人職員についての就業規則(〈証拠略〉)を定めており、これによれば、営業個人職員の資格取得、維持、解職につき次のとおり定められている。

営業個人職員は、生命保険の販売、保全及び集金に関する業務に従事する職員である。そのうち、特別営業主任、営業主任、新任営業主任、営業副主任及び営業主任補は営業職員と呼ばれ、右の順に上位から下位への営業職員資格が定められており、これら資格に応じて賃金等が異なる。それぞれの資格を取得するには、保険の営業成績の達成等の一定の基準を満たす必要があり、また、取得した資格を維持するには、一定期間ごとに資格維持基準を満たす必要があり、当該基準を達成できない場合には、下位の資格に変更される。営業副主任から営業主任に任命する場合についていえば、格付時期は毎年一〇月一日、算定期間は直前六箇月、格付期間は六箇月である。最下位の営業主任補の格付時期は毎年四月一日及び一〇月一日であり、算定期間は直前六箇月である。格付日前日に営業主任補より上位の資格の者で、営業副主任以上の資格維持基準は満たさないが、営業主任補の資格維持基準を満たす者は営業主任補に任命される(資格が変更される)が、営業主任補の資格維持基準も満たせない場合には、嘱託に資格変更し、翌月末に解嘱とすることとされている(営業個人職員就業規則四四条)。

2  原告の成績不振

原告は、平成七年一〇月一日に営業主任に任命された(資格を回復した)が、その格付期間が終了する平成八年三月三一日までの成績が不良で、営業主任補の資格維持基準すらも満たせない成績であった。

3  嘱託外務従業員への資格変更及び解嘱の通知

そのため、被告は、原告に対し、請求の原因に対する認否欄記載のとおり、平成八年三月二二日、営業個人職員就業規則四四条に基づき、同年四月一日をもって嘱託外務従業員に資格変更し、同年四月末日に解嘱とする旨通知した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告が平成七年一〇月一日に営業主任に任命され(資格を回復し)、その格付期間が終了するのが平成八年三月三一日であったことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は、平成八年三月二五日までに必要とされる成績を上げることが可能な状況であったが、被告は、病気になった原告を解雇する意思を固めており、同月二二日に解雇する旨の意思表示をした、そこで、原告が顧客に解雇になった旨を伝え、顧客は保険加入を取り止めた。そのため、結果的に営業主任補の資格維持基準を満たさないことになったのであって、原告の成績が不良なため営業主任補の資格維持基準を満たさなかったわけではない。

3  同3の事実は認める。

五  再抗弁

1  解雇権の濫用を基礎付ける事実(原告の成績不振の原因)

原告が営業主任補の資格維持基準を満たせなかった原因は、次のとおりである。すなわち、被告は、原告に公金横領者の捜索に昼夜を問わず従事させたため、原告は、本来の職務のほかに右捜索に多くの時間を割かれ、肉体的に疲労して体調を崩した。また、被告の社内でタイムカードの不正押印等が目立っていたが、原告は、原告の班の部下に規則を遵守させ、被告に是正を求めた。しかるに、被告はこれを是正しなかったため、原告は、被告と部下との間で心身とも疲労困憊し、不眠に陥って衰弱した。原告は、これらの事情から平成七年一一月重度の糖尿病等を患い、一時的に成績不振に陥った。

2  解雇権の濫用

したがって、原告が営業主任補の資格維持基準を満たせなかった原因は、被告に責任がある事情により原告が体調を崩し、重度の糖尿病等を患ったことにあるから、被告が、原告の成績が不良であり、営業主任補の資格維持基準すらも満たせない成績であることを理由に、営業個人職員就業規則四四条に基づき、同年四月一日をもって嘱託外務従業員に資格変更し、同年四月末日に解嘱としたことは、社会通念上相当とは認められず、解雇権の濫用であり、無効である。

六  再抗弁に対する認容

1  再抗弁1の事実は否認する。もっとも、原告が勤務していた被告の神奈川営業所勤務の被告従業員の中に公金横領者がおり、原告が大平順一営業所長から協力を依頼されてその者と連絡を取ろうと努力したことは事実である。しかし、原告に捜索の協力をしてもらったのは、四、五回であり、時間も長いときで四、五時間、短いときは一時間位である。深夜の協力は、緊急の場合に一度くらい協力をしてもらっただけである。この協力の結果、原告が本来の業務を行う時間がなくなったわけではなく、体調不良を来したわけでもないから、右の協力が原告が営業主任補の資格維持基準を満たせなかった原因であるとはいえない。また、そもそも原告に仕事ができないほどの体調不良が実際に存したとは考えられない。

2  同2は争う。原告は、平成五年一月には営業主任初級の資格を取り、平成六年三月まで営業主任の資格を維持したが、平成六年四月には営業主任の資格維持基準未達成のため営業主任の資格を失い、営業副主任に資格変更となった。半年後の同年一〇月には営業主任の資格を回復したものの、平成七年四月には営業主任補に資格変更となった。このときの原告の成績は極めて不振で、本来ならば営業主任補の資格さえ満たしてはいなかったが、本社の特認により、今度また資格維持基準未達成の場合には、営業職員資格を失い、嘱託に資格変更されても異議がない旨の念書を原告に書かせた上で、営業主任補の地位にとどめた(〈証拠略〉)。原告は、その後、平成七年一〇月にはいったん営業主任の資格を回復したものの、平成八年三月までの成績が極めて不振で、最下位の営業主任補の資格維持基準すらも満たせない状態であったので、抗弁3の措置を執った。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本件労働契約の締結及び解雇について

1  請求の原因1(本件労働契約の締結)の事実は当事者間に争いがない。

また、同2(解雇)の事実については、被告が、原告に対し、平成八年三月二二日、営業個人職員就業規則四四条に基づき、同年四月一日をもって嘱託外務従業員に資格変更し、同年四月末日に解嘱とする旨通知したとの事実において争いがない(抗弁3及びこれに対する認否参照)。そして、(証拠略)によれば、被告の営業個人職員就業規則は、「会社が別に定める規定の基準に達しなかったとき」にはその職を解くことと定めているほか、本件労働契約において、外務職員から嘱託外務従業員への変更は、被告が職員に通知することと定められていることが認められる。

以上の事実を総合して考えると、被告の営業個人職員就業規則四四条が、営業職員が営業主任補の資格維持基準も満たせない場合には、嘱託に資格変更し、翌月末に解嘱とすることとしているのは、その実質は、勤務成績の著しい不良の場合に、労働能力、適格性の欠如、喪失を理由に解雇予告をした上で解雇をするに等しいものということができるから、右の資格変更及び解嘱の通知は、本件労働契約についての解雇の意思表示に当たると解するのが相当である。

2  抗弁1の事実及び同2の事実のうち、原告が平成七年一〇月一日に営業主任に任命され(資格を回復し)、その格付期間が終了するのが平成八年三月三一日であったことは、当事者間に争いがない。

(証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果によれば、原告の平成八年三月三一日までの成績は不良で、営業主任補の資格維持基準に満たないものであったことを認めることができる。

原告本人の供述中には、平成八年三月二二日の時点で、同月三一日までには営業主任補の資格維持基準を満たす成績を上げることが可能な状況であった旨の部分があるが、十分な裏付けを欠き、採用することができない。他に右認定に反する証拠はない。

二  解雇権の濫用(再抗弁)について

そこで、以下においては、被告が、原告の成績が不良であり、営業主任補の資格維持基準すらも満たせない成績であることを理由に、営業個人職員就業規則四四条に基づき、同年四月一日をもって嘱託外務従業員に資格変更し、同年四月末日に解嘱としたことが、社会通念上相当とは認められず、解雇権の濫用であり、無効であるといえるか否かについて判断していくが、争点の核心は、原告が営業主任補の資格維持基準を満たせなかった原因が、原告が体調を崩し、重度の糖尿病等を患ったことにあり、かつ、その体調不良が被告に責任がある事情によるものであるといえるか否かにある。

1  (証拠・人証略)及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を併せて考えれば、原告は、平成七年四月に営業主任から営業主任補に資格変更となったこと、原告は、このとき、本来ならば営業主任補の資格さえ満たしてはいなかったが、被告本社の特別の承認(特認)により営業主任補の地位にとどめられたのであり、原告が勤務していた被告の神奈川営業所の大平順一営業所長と連名で、平成七年四月ないし六月度の成績基準を必ず達成することを誓約し、未達成の場合には同年七月一日付けで右の特別措置を取り消されても異議を申し立てない旨の念書を被告に対して差し入れたこと、原告は、平成七年四月ないし六月度の成績基準を達成したほか、同年九月までの成績が好調で、同年一〇月一日に営業主任に任命されたこと、ところで、原告が勤務していた被告の神奈川営業所勤務の被告従業員の中に公金横領者がおり、大平順一営業所長が原告に右公金横領者の捜索への協力を依頼し、これを受けて原告が、平成七年七月から同年一二月の間、右公金横領者の捜索等にも従事したこと、原告が大平順一営業所長の依頼を受け、同営業所長とともに行った右捜索等の中には、同年八月ころに行った深夜の張り込みが一度くらい、深夜ではない夜間の張り込みが二、三回含まれており、その時間は短いときで一時間、長いときには四、五時間に及んだこと、原告は、大平順一営業所長とともに右公金横領者の受け持っていた箇所を七、八回回ったことがあること、そのほか、原告は、部下とともに夜間の張り込みを何度か行い、一人でも相当多数の回数捜索等に従事したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  (証拠・人証略)、原告本人尋問の結果によれば、原告は、平成七年九月ころから喉が乾き、排尿が頻繁にあり、夜眠ることができなくなる等の自覚症状があり、体調不良になったこと、原告は、多忙のため、医者の診療を受けないまま勤務を続けていたが、同年一一月二一日に千代田生命健康保険組合が契約している医療法人財団コンフォートで「日帰りドック」の検診を受け、平成六年一〇月四日の定期健康診断時に比べて体重が四・七キログラム減少し、右定期健康診断のときには尿検査で糖がマイナスであり、異常がないと判定されたのに、糖が++となり、糖尿病検査で血糖値が二八一(mg/dl)出てEと、胃の検査でDS(要精密検査)とそれぞれ判定され、糖尿病の要治療、胃カメラの検査の必要があると診断されたこと(原告は、平成八年四月に胃カメラによる検査を受けたが、単なる胃炎であると診断された。)、そこで、原告は、医療法人財団コンフォートに診療を受けに行き、主治医の笠川医師から入院を勧められたが、仕事の都合で入院できないと答えて、ダオニールの投与を受けることになったこと、平成八年一月には血糖値は改善したが、まだ口が渇き、口が十分動かず、喉が引きつる感じがあり、話すことが苦痛であったほか、夜も二時間おきに手洗いに行く状態であったこと、原告は、平成八年三月五日に、被告の横浜支社で、日帰りドックの診断結果につき三竹俊雄医師と面談したが、同医師は原告が仕事を継続できる状態であると判断し、原告自身もそのように考えていたこと、原告は、同医師に対し、糖尿病の原因として、平成七年一〇月二七日に専ら個人的な事情から暴行を受けており、そのストレスによるものではないかと述べたが、これは、原告が、古くからの知り合いである同医師を心配させないように慮って述べたものであり、原告自身は、前記のとおり、平成七年四月以降資格維持基準を達成するために多忙であった上、同年七月以降は公金横領者の捜索にも相当の時間と労力を費やす等して疲労が蓄積したことが原因であると当時から考えていたこと、原告は、体調も次第に回復してきていた(もっとも、よく眠れるようになり、症状も軽快したのは平成八年五月ころであった。)ことから、仕事を続ける意欲があったが、平成八年三月二二日、大平所長から、同年四月一日をもって嘱託外務従業員に資格変更し、同年四月末日に解嘱とする旨通告され、解嘱とされる以上身体の疾患を治す必要はないと受け取れる言動に接したことに衝撃を受け、以来、被告に対し、自分の糖尿病が公金横領者の捜索に従事したことが原因であると主張するようになったこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  右1及び2の各事実によれば、原告は、前記のとおり、平成七年四月以降資格維持基準を達成するために多忙であったところ、同年七月以降公金横領者の捜索等にも相当の時間と労力を費やす等して心身ともに疲労が蓄積していたのであり、この疲労が原告の罹患した糖尿病の原因であることを肯定する医学的見地からの直接証拠はないが、三竹俊雄医師は、前記のとおり原告から説明を受け、原告が暴行を受けたストレスによるものではないかと考えていたのであるから、当時原告の受けていたストレスが右糖尿病の一因であることについては、医学的見地からの証拠が存するものということができる。このことに原告本人尋問の結果を合わせて考えると、前記の公金横領者の捜索等による心身へのストレスが一因となって原告に糖尿病が発症し、そのために原告が同年一〇月ころ以降十分な成績を上げることが難しくなったことを認めることができる。

もっとも、前記のとおり、原告は、平成八年三月五日の面談の際、三竹俊雄医師に対し、糖尿病の原因として、平成七年一〇月二七日に専ら個人的な事情から暴行を受けており、そのストレスによるものではないかと述べているが、原告が平成七年九月ころから喉が乾き、排尿が頻繁であり、夜眠ることができなくなる等の自覚症状があり、体調不良になったことは、前記のとおりであって、この事実に照らすと、原告が三竹医師に右のとおり述べたのは、原告が、古くからの知り合いである同医師を心配させないように慮って述べたものである旨の原告本人の供述はこれを信用することができるから、原告が三竹俊雄医師に対し前記のとおり説明したことをもって前記認定が左右されるものではない。

そして、公金横領者の捜索が業務命令に基づくものではなく、大平所長からの依頼で行ったものであることは前記のとおりであり、このことに照らすと、公金横領者の捜索が原告の業務として遂行されたものではないことは原告の自認するところであるとはいえ、これが被告の業務と密接な関係のあることは否定できず、原告がそのことも一因となって糖尿病に罹患し、そのために十分な成績を上げることが難しくなったのは、被告にも責任がないとはいえない。このような事情に加え、被告が嘱託外務従業員への資格変更及び解嘱の通知をした時点では原告が営業個人職員としての職務を遂行することに顕著な支障がなくなっていたと考えられること(原告が平成八年五月ころには糖尿病の症状も軽決したことは既に述べたとおりであり、右資格変更及び解嘱の通知はこれより早いが、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右のとおり認めることができる。)を考えると、原告が被告に対し休職の申出をしなかったことを考慮しても、被告が、原告の成績が不良であり、営業主任補の資格維持基準すらも満たせない成績であることを理由に、営業個人職員就業規則四四条に基づき、同年四月一日をもって嘱託外務従業員に資格変更し、同年四月末日に解嘱としたことは、社会通念上相当とは認められず、解雇権の濫用であり、無効であると解するのが相当である。

三  結論

以上の次第であって、原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 髙世三郎)

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